2007年7月4日水曜日

じこへの語りについて

なにか不満材料があると自分自身へのかたりがスタートする。
「弁護士」
「親」
「家内」
「DJ」
それは、自己の正当化、自己のイメージの保守が、不満足なので、自分の中で充足しようとする。
このことは、私としては、無駄なのだ。自己を正当化する必要があるのだろうか?自分は正しい、いつも荘感じる必要があるのだろうか?イメージをまもる必要があるのだろうか?
すべてないだろう。これは心と頭脳の関係によって生まれるイルージョンであるように感じられる。
心は深く書くされ存在している。頭脳は、情報を計算している。
これを打ち破るのはやさしくはない。なぜ正当化する必要があるのか。どうして、自分のイメージ、プライドを保持する必要があるのか、がわかれば、消えるのだろう。それまでの間の問題。